ディア・ドクター
「蛇イチゴ」「ゆれる」の西川美和監督が、笑福亭鶴瓶を主演に迎え、僻地医療を題材に描いたヒューマンドラマ。都会の医大を出た若い研修医・相馬が赴任してきた山間の僻村には、中年医師の伊野がいるのみ。高血圧、心臓蘇生、痴呆老人の話し相手まで一手に引きうける伊野は村人から大きな信頼を寄せられていたが、ある日、かづ子という独り暮らしの未亡人から頼まれた嘘を突き通すことにしたことから、伊野自身が抱えいたある秘密が明らかになっていく……。
---映画.comより抜粋
『J・エドガー』を観た時に、「そういえば数年前にもこんなテイストの邦画あったな」と思い出したのが、この『ディア・ドクター』。2年以上前の作品ですが今更レンタルで鑑賞。環境は全く異なるものの、片やFBI、片や僻村で、それぞれ“神”となった男の抱える虚実。嘘の奥で守りたかった秘密のお話、という意味では『J・エドガー』と非常に類似点があったように思います。安易な結論に物語を着地させず、“答え”を観客に委ねて来る、という意味でも。
※以下、序盤で明らかにはなりますが、本作の最大の“嘘”の中味にも少し言及(ネタバレ)します※
一言で言えば、“嘘についてのお話”。
序盤に出て来る「僕、免許無いねん」というストレート過ぎる語りに代表されるように、わりとハッキリとセリフで問題提起をしてくるので、作り手側のメッセージをダイレクトに受け取る事が出来ます。
「資格とは?」
「医療とは?」
「人の幸せな最後とは?」
そして、「嘘とは?」
物語上で分かりやすい着地は一切させず、主人公がどういう動機でこの村にやって来たのかも、事実が発覚した後に村人達が主人公をどう受け止めたのかも、“嘘”に加担した人々の狙いとその後も、悪く言えば“投げっぱなし”。
特に余貴美子の役どころは、もう少し説明があっても良かったのでは、とは思いますが、嘘と真実の皮膜にある何かを、観客に考えてもらいたいという狙いは大成功しているのでは。
何よりエンドロールで流れる本作の主題歌、モアリズムの『笑う花』がばっちりハマってて、この物語の締めくくりとして最高でした。
他にも、さり気ない細部の演出がなかなか良くて、気付けばテレビで野球を観てる八千草薫さんが凄くチャーミングだし、ある待合室のシーンで、最初は見えないけど、時間が経つと……井川遥来てたーー!!という一種ホラー的な見せ方もとても楽しかった。『ゆれる』といい、この『ディア・ドクター』といい、脚本も自身で手掛ける西川監督は、相当デキる女性に間違いありません。
これも『J・エドガー』と共通する語り口として、作品全体が非常に淡白で、クライマックスと呼べる盛り上がりは最後までありません。特に終盤は事態への説明が意図的に排除されているので、先述したように余貴美子や香川照之の意思が曖昧なまま物語は幕を閉じてしまいます。劇映画として、もう少しこの辺は回収してくれた方が良いのでは……?とも思いました。
しかし“真相がわからない状態”である事そのものが、“嘘についての映画”の唯一の着地点なんですよね。日常に於いても、本当の意味で他人の真意を知る機会がどれだけあるでしょうか。
<結論>
全体的にあっさりとした作品ですが、観終わった後に誰かと“嘘”について語り合いたくなる良い映画でした。
但し本作の中で起こるように、一発で人間関係が崩壊し、後味の悪い空気だけが残る可能性もあるので、語り合う相手は慎重に選びましょう。