※当ブログの趣旨※

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某映画雑誌編集者との酒の席で「映画レビューを書くべき」と勧められ、「チラシの裏で良ければ」と開始した、基本は身内向けの長文ブログ。
決して知識が豊かとは言えないライト映画ファンが中の人です。

・作品を未見の方には、(極力ネタバレせず)劇場に足を運ぶか否かの指針になれば
・鑑賞済みの方には、少しでも作品を振り返る際の余韻の足しになれば

この2点が趣旨であり願いです。定期的にランキングは付けますが、作品ごとの点数付けはしません。
作品によってはDISが多めになります。気分を害されましたらご容赦下さい。
たまーに趣味であるギターや音楽、サッカー観戦録、スノーボードのお話なども登場します。

2012/01/29

長文映画レビューシリーズ 『J・エドガー』


J・エドガー


「インセプション」のレオナルド・ディカプリオが、FBI初代長官ジョン・エドガー・フーバーに扮し、創設から50年もの間、そのトップに君臨し続けた権力者の隠された生涯を描く。監督は「ヒア アフター」のクリント・イーストウッド。共演は「フェア・ゲーム」のナオミ・ワッツ、「007/慰めの報酬」のジュディ・デンチ。---goo映画より抜粋

御年81歳にして、年1本のペースで映画を撮り続けるイーストウッドの最新作。リビング・レジェンドにして「アメリカ映画の体現者」が、今作はディカプリオとタッグを組んで、半世紀に渡り「アメリカの権力の中枢」として君臨した男を描く。となれば、観ない訳にはいかない。

『ミリオンダラー・ベイビー』や『グラン・トリノ』のスマートな語り口は大好きだけど、『インビクタス』まで行くとスマート過ぎて手に余るというか「あっさり薄味は胃に優しいですけど、もうちょっとスパイス効かせてくれても良いんじゃないですかね?」といった感想を覚えたのが当方のスタンスです。徹底してメッセージ性の強い作品を生みながら、物語の真の結末や未来は観客に委ねる。映画のラストと自分の実人生が地続きである事を感じさせてくれるような、「語り部」としての魅力溢れる監督であり俳優であると認識しております。

さて、ザッとレビューを拾ってみた感じだと、「ラストがあやふや!」とか「エドガー只の悪人じゃん!」といった否定的な意見も多い様子。そんな感想を抱かれるのも致し方なくて、やはり作中で明確な「答え」は提示されていません。情報量が過大で、いまいち乗れないのも分かるんです。ただ、あらゆる側面からJ・エドガー・フーバーという人物を映し出し、一筋縄では行かない解釈を投げかけてくる事は確か。それこそが本作の魅力であるし、FBI長官として君臨し続けた男の人生を、一筋縄で描ける訳が無いよな、と。どうやらイーストウッド自身も、インタビューでそんなような事を語っているようです。


※以下、多少のネタバレが含まれます※


今作もやはり物語の進行がスマート。年老いたエドガーが公式の回顧録を残すべく、記録員に語りかける形でストーリーを進めて行きます。50年分の歴史を振り返る訳ですから、必然的にセリフでの状況説明が多く、その情報量にギリギリ置いて行かれそうになりますが、序盤は細かにエドガーの「性質」が散りばめられていました。 平たく言えばマザコンで、潔癖で、"スピード"と呼ばれるエピソードに代表されるように、実は巨大なコンプレックスを抱えている(作中のディカプリオは本当に早口)。そこから生まれる極度なまでの他者不信と自己顕示欲。
これらの要素をハンカチや、苦笑いする姪っ子などのサラっとした配置によってスマートに表現する。巧いなぁ。『英国王のスピーチ』を連想するようなシーンもあり、言動は利己的・排他的そのものでありながら、当方はどんどんエドガーを憎めなくなっていきました。

チャールズ・リンドバーグの愛児誘拐事件から物語は本筋に突入し、エドガーも本格的な権力を身に纏って行きます。しかしその権力の誇示と反比例するかの様に、拳銃を手にしても発砲出来ない弱々しい姿、母にすら己の本質を拒絶される姿も並行して描き、キャラとしての掘り下げが深淵まで到達したところで、物語もクライマックスへ。
鏡に向かって「強くなれ、エドガー」と己に語りかけ、ネックレスを引き千切るシーンは、そこまでの描写の積み重ねにより、目頭を押さえざるを得ませんでした。

ラストでは新大統領の就任パレードから面会(チラっとワシントンの肖像画に目をやるエドガー、可愛い)に至るまでの件で、序盤との見事な対比を生みだしていますし、物語全体を円環構造で締め括る。やっぱりスマート!
「圧力」で全てを手にしてきた男が、「絶対に圧力に屈しない」と断言する"異性"に救われるシーン…最高じゃないですか?ずっと「Miss Gandy」と呼び続けた秘書(しかも、女性不信のキッカケとなったような女)を、「Helen」と呼ぶこのシーンにこそ、映画的カタルシスが溢れていたように思います。

細かなディテールも目を見張るものがあって、特にあらゆるシーンで鳴り響いている「電話」を、初めて画面上で遂に取った、その報せは…?なんて気の利いた演出をするか!と。これが老練の業というヤツでしょうか。白眉!
名作からの台詞を引用する等、要所でイーストウッドの「映画愛」を見て取る事が出来ますし、気付けばタバコ吸ってたりとか、本で椅子を高くしてみたりとか、女性の前ではどもりまっくたりとか、笑わせ所もふんだんに用意されていています。極めつけは『ソーシャル・ネットワーク』でウィンクルボス兄弟を見事に演じ切ったアーミー・ハマーとの"ウホッ"な展開。まぁ面構えから絶妙でこの役にピッタリですし、「I want you...」なんて言われてしまった日には噴き出しそうになりました(全力で誉めてます)。アーミー・ハマー、最高です。

"パブリック・エネミー"を作りだし、圧力でそれを抑えつけ、回顧録には自分に都合の良い記録しか残さないどころか、都合の悪い"何か"は脳内から抹消すらしている。エドガーは、まさしく「Official and Confidential」そのもの。そして、公私を共にした伴侶に"何か"を指摘される事で、「アメリカの権力の中枢」の物語は遂に幕を閉じる…。
繰り返しますが、決してエドガーを善悪どちらかに振り分ける事はしていません。その判断は今作も、映画から地続きの現代を生きる我々に投げかけられます。第一線で作品を創出し続ける「アメリカ映画の体現者」だからこそ説得力を帯びる、上質のストーリーテリングだったのではないでしょうか。

ポールが徐々に公開館を増やしているようですが、重厚なドラマを楽しみたいなら、『J・エドガー』も捨てがたい!楽しかった!!