※当ブログの趣旨※

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某映画雑誌編集者との酒の席で「映画レビューを書くべき」と勧められ、「チラシの裏で良ければ」と開始した、基本は身内向けの長文ブログ。
決して知識が豊かとは言えないライト映画ファンが中の人です。

・作品を未見の方には、(極力ネタバレせず)劇場に足を運ぶか否かの指針になれば
・鑑賞済みの方には、少しでも作品を振り返る際の余韻の足しになれば

この2点が趣旨であり願いです。定期的にランキングは付けますが、作品ごとの点数付けはしません。
作品によってはDISが多めになります。気分を害されましたらご容赦下さい。
たまーに趣味であるギターや音楽、サッカー観戦録、スノーボードのお話なども登場します。

2012/01/13

長文映画レビューシリーズ 『哀しき獣』


哀しき獣

中国延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手としてまじめに働いているグナム。しかし、妻を韓国に出稼ぎに出した際に作った借金の取り立てに追われ、さらには妻からの音信も途絶えてしまう。借金を返そうと賭博に手を出し逃げ場を失ったグナムは、殺人請負業者のミョンに、韓国へ行ってある人物を殺したら借金を帳消しにする、と持ちかけられる。グナムは悩んだ末、借金を返すため、そして妻に会うため密航船で韓国に向かう……。 

あちらこちらで絶賛の嵐を巻き起こしている、ナ・ホンジン監督の長編2作目。原題は『黄海』。
前作『チェイサー』の主要どころをそのまま起用して、逃亡者と追跡者を入れ替えた構成。良くも悪くもいつもの韓国映画ではありますが、これが監督2作品目とは到底思えない演出力は圧巻の一言でしょう。
サイゾーのレビューがカッチリ巧い事まとめてくれてますし、周りを見渡しても押し並べて絶賛ムードですが…


※以下、多少のネタバレ含みます※


『息もできない』と同様、どうしようもない孤独に苛まれた男が、ほんの僅かな光明へ最後の望みを賭ける、ボンクラのラストダンス。
『チェイサー』に引き続き、リアルクライムをゴア表現も厭わず(ライト目ではあり、多少の修正も入ってます)徹底して描き切った作品にも関わらず、間抜けな警察どもは相変わらずで、わざわざこの作品をチョイスして新宿に集まった観客(平日夜にしてはなかなかの入り)からは、ところどころで笑い声も起こっていました。

音楽の使い方を含め、演出は相当に良いです。名物の逃走シーンもさる事ながら、アクションシーンでは非常にきめ細やかにカットを割って、カメラを揺らし、これでもかと疾走感を出してくれます。グラグラのカメラは、二つの目的の狭間でどっち付かずで揺れ動く主人公の心象風景の表現としてバッチリでしょう。何処に行っても割れてしまっている写真入れも、象徴的で良いギミックでした。

しかしながら冒頭で匂わせた通り、当方は本作を「絶賛!!」とまで言い切る事が出来ずに居ます。
只のタクシー運転手が、タガが外れたとは言え、なんぼなんでも無敵過ぎやしないか?とか、キム・ユンソク不死身だろこれ…とか、なんかもう強さがインフレし過ぎてドラゴンボール化してないか?とか、多々思う所はあるのですが、主に中盤で敵役の思惑が交差し過ぎて、「何やってるかよく分からん」状態に陥ってしまったのが致命的でした。恐らく脚本の問題と、当方の読解力の低さとが双方作用していると思われますが、"三竦み"で物語が入り乱れる展開は、かなり高速での頭の回転を要求されました。敵役の狙いが分かりづらく、物語から置いてけぼりを食らった様な感覚を、悔しい事に覚えてしまったんですね。

それも、独力では抗う事が出来ない流れに翻弄されてしまう主人公・グナムと、観客とをシンクロさせる為にワザとやっている可能性もあって、一概に否定する事を許してくれない奥深さが、本作には確実にあります。
とにかくグナムにはグイグイ惹き込まれますね。二兎を追い、一兎も得る事が出来ず、被弾した極寒の山奥で思わず号泣してしまうシーンは、こちらも涙がこみ上げてしまう。全てを失って、最終的に主人公が取る行動は、そこまでグナムの描き方に隙が無いからこそ、言いようの無い説得力を帯びていました。まして憎むべき復讐対象も、自分と同じ動機で動いていたと知った日には…。
そう、敵側も決して記号的にはならず、圧倒的な権力を誇っている様で実際は脆弱で孤立している社長、対照的に不気味な武力を隠し持っている様で実は裸一貫で敵を薙ぎ倒して行く不死身ボスと、魅力溢れるキャラクターの躍動は大きな見所でしょう。まさに哀しき獣たちの生存競争をまざまざと見せつけられました。

あとはもう好き好きの問題で、個人的にはやっぱり一縷の救いも無いエンターテイメントは、どうしても好きになれない。今作は『息もできない』以上に救いが無い。自業自得とは言え、グナムがあまりにも、あまりにも不憫過ぎる。

観終わった後に、腹の底にズシンと何かが残る傑作である事は間違いありません。『朝鮮族』という人々の存在、原題であり第4章の章題でもある『黄海』の持つ意味、それらを是非とも劇場で体感して頂きたい、(ゴア表現に耐性があれば)誰にでも薦められる1本です。

…それでも僕は……

ポールが大好きだ!!