トーキョードリフター
ミュージシャン前野健太の吉祥寺での路上ゲリラライブの模様をワンカットで撮影した「ライブテーブ」で、第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞した松江哲明監督が、“3.11”後ネオンが消えて暗く沈んだ夜の新宿、渋谷などを歌いさすらう前野の姿を再び追った本作。
--- goo映画より抜粋
結論から言います。
夜の街での弾き語り映像集として○
震災後のトーキョーを切り取った作品としては×
尚、非常にかっちりしたレビューが映画芸術さんの方に上がっていますので、より深くこの作品を読み解きたい方はご参照ください。こちらでは緩~くレビューしてみようかと。
なにしろ、予告編だけを観てドキュメンタリーだと思って観に行ってしまうと、期待外れとなる可能性が高い映画です。
この主演マエケン・監督松江コンビが、こういった映画を通して何をやろうとしているのかは、『ライブテープ』の時のインタビューを読めば一通り把握出来るでしょう。監督自らの言葉にある通り、とにかく"暗い東京"で"前野健太の音楽"を鳴らし、記録する事に意義がある作品で、それが全ての映画。それ故に物語性は実質ゼロですし、セリフも映画的演出もありません。
※以下少々のネタバレ含※
特筆したい点として『かまってちゃん劇場版』や『SR サイタマノラッパー』で素晴らしい音楽効果を演出されていた山本タカアキさんが、今回も非常に良いお仕事をされております。アコギ弾き語り独特のパーカッシブ感を、街の喧騒に負けることなく主張し過ぎる事もなく、絶妙なバランスで録音されていて実にお見事。音が街に"抜けていく"感覚と言うか、リバーブがリアルで丁度良いので、一度でもアコギ抱えて路上に立った事のある人間ならば「久々に夜の駅前でも行ってみるか」となる事請け合いです。よく雨の中をギター抱えてバイク飛ばしてスタジオへ走った記憶が呼び覚まされました。
作中で使用するギターがMartinやGibsonではなくて、YAMAHAとMorrisというのも、自身の音楽スタイルと映画にマッチしていて良いですね。
残念だったのは、"暗い東京"の切り出しが甘い点。
オープニングから余りにもピントが合わない画が続き、新宿シーンは殆ど暗闇感が感じられず、コンビニも看板こそ消灯はしていても、店内の照明は燦々と輝いている。
中盤のクライマックスと言ってもいい、4曲をノーカットで歌いながら渋谷のスクランブル交差点に到達するシーンでも、勿論平時の渋谷に比べれば暗い事は暗いけど、街頭なんかはいつも通り点灯されていますし、常にほぼ目線の高さにあるカメラからだと大型ヴィジョン等の写りも弱く、『暗闇の東京でトーキョーを歌う』という説得力をもう一つ感じる事が出来ないんですね。
「演出をする気は無い、リアルな東京を切り取ったんだ!」と言いたいのは分かるんです。分かるんだけど、マエケンさんは明らかにカメラを意識して歩きながら演奏場所を変え、"写り映え"するポイントへ移動して行くので、中途半端なPVに見えてなんだかなぁと思ってしまいます。
暗闇だった東京をもっと生々しく切り出すなら、5月末という撮影タイミングは少々遅かった気がしますし、今作だけは映画的に暗闇を演出しちゃうとか、3月の東京をカットバックさせちゃうとか、もう少しだけあざとさが有っても良かったのではないでしょうか。すでに『ライブテープ』を成功させているだけに。
震災で東京が受けたダメージは、勿論被災地での被害とは比較にならない程軽微なものです。
しかし東京に生まれ東京で育った人間からすると、計画停電で本当の暗闇になった街や、棚に何も並んでいないコンビニや、都市としてのあらゆる機能を喪失した東京を体感し目撃している分、"暗い東京"に対する個人的ハードルが上がってしまっているのかも知れません。
少なくともこの映画を観終わっても「あなたよりずっと、この街が好き」と、作り手へ向けて断言出来てしまいます。
…先にケチを付けてしまいましたが、前野健太さんという歌い手は、詞の世界観といい丸くて太い声質といい、ギター抱えて街に立って歌うと、実に東京然とするし画が保ちます。これはロジックで説明し難い、シンガーとしての大きな魅力ですね。ファンならずとも、たまたま駅前で歌ってる路上シンガーの歌声に、思わず足を止めて聞き入ってしまうような疑似体験は楽しめると思います。
そして、セリフはおろか映画的な演出も何も無い映画にも関わらず、夜の東京を抜けた土手でのシーンで言いようのない解放感に包まれ、単車で明け方の橋を渡るシーンでは一気に風景が開けて、心地よい爽快感が広がります。ここは娯楽大作映画に負けないくらいのカタルシスを有しているとさえ思えました。
例えば、愛聴しているミュージシャンのツアーDVDかなんかで、こんな「路上弾き語り映像集」が特典として収録されていたら、涙して愛蔵盤としてしまう事でしょう。但し1本の劇場公開映画として観た場合は、少なからず退屈な作品という感想を禁じ得ませんでした。
60分強と非常にコンパクトな尺で纏められていますので、マエケンファンならば1本のライブを観に行くと思えば十分に楽しめますし、そうでない人もやや退屈を噛みしめながら、マエケンさんと一緒に「ヘビ~ロ~テ~ショ~ン♪」と口ずさみ、ラストの橋の上の疾走シーンでは爽快な風を感じる事が出来る作品ではないでしょうか。
もうちょっと"いつもと違う東京"を体感する事が出来れば、一気に傑作となる可能性を秘めておりました。
今年の映画ランキングも今作を受けて更新致しました。